多部未華子ちゃんを片時も忘れはしないサイト
『多部未華子ちゃんに蹴られたい』
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『ゆらぎ ~ tabe mikako world』
008年06月分
『多部未華子~I’m happy only by Mikako laughing
『ルート∞』
『多部未華子さんのしがないファン』
『wing of hope , a smiling flower』
『多部未華子応援団』
『ゆらぎ ~ tabe mikako world』
伊藤大輔『王将('62)』←これめちゃイイ!多部ちゃんもみて!

内田吐夢『浪花の恋の物語』『飢餓海峡』

マキノ雅弘
『若き日の次郎長 東海道のつむじ風』『日本侠客伝 関東篇』

松田貞次『水戸黄門('60)』

成瀬巳喜男『山の音』『流れる』

黒澤明『用心棒』『天国と地獄』『乱』

山本薩夫『続・忍びの者』『白い巨塔』『にっぽん泥棒物語』

市川崑『ぼんち』『悪魔の手毬唄』『細雪』

加藤泰『瞼の母』『沓掛時次郎 遊侠一匹』

鈴木清順『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』『野獣の青春』

吉田喜重『秋津温泉』『戒厳令』

深作欣二『広島死闘篇』『代理戦争』

宮崎駿『天空の城 ラピュタ』『魔女の宅急便』

押井守『うる星やつら(TV)』
『起動警察パトレイバー(OVA第一シリーズ)』

若山富三郎『続・忍びの者』『子連れ狼 冥府魔道』
『悪魔の手毬唄』『愉快な極道』『衝動殺人 息子よ』
『小説吉田学校』

勝新太郎『座頭市喧嘩旅』『座頭市逆手斬り』『座頭市地獄旅』
『座頭市の歌が聞こえる』『座頭市果し状』『座頭市喧嘩太鼓』

三國連太郎『王将('62)』『飢餓海峡』『戒厳令』
『にっぽん泥棒物語』『復讐するは我にあり』
『マルサの女2』『利休』『息子』『夏の庭』

竹内力『カオルちゃん最強伝説』
『カオルちゃん 番長足球』『カオルちゃん 妖怪地獄』

深田恭子×土屋アンナ『下妻物語』

上野樹里『亀は意外と速く泳ぐ』

市川実日子『blue』『グッジョブ』『めがね』

多部未華子『ヒノキオ』『対岸の彼女』
『ルート225』『すみれの花咲く頃』

秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』

小山ゆう『おれは直角』

あだち充『みゆき』

高橋留美子『うる星やつら』

竹宮恵子『私を月まで連れてって!』

川原泉『笑う大天使』『甲子園の空に笑え!』

はるき悦巳『じゃりン子チエ』

畑中純『まんだら屋の良太』

相原コージ×竹熊健太郎『サルでも描けるマンガ教室』

古谷実『行け! 稲中卓球部』

西原理恵子『鳥頭紀行』『毎日かあさん』

ゲッツ板谷『バカの瞬発力』『直感サバンナ』

ジョン・フォード『荒野の決闘』『アパッチ砦』
『黄色いリボン』『リバティ・バランスを撃った男』

ハワード・ホークス『紳士は金髪がお好き』
『赤い河』『ハタリ!』『エル・ドラド』

フランシス・フォード・コッポラ
『ゴッドファーザー』(ⅢもOK) 『タッカー』

ベルナルド・ベルトルッチ『1900年』『ラストエンペラー』

#52 ハズレにもかかわらず川越入りを果たす我。
#54 映画『二百三高地』の瀬島龍三。
#55 クランクアップと等身大ガンダムと田中清玄の瀬島評。
#56 丹羽宇一郎の肯定的瀬島評。
#57 ハタチのグラズノフの、お馬にのって突撃な曲。
#53 『不毛地帯』の準備。瀬島っぽい。
2009年08月01日
2009年08月09日
2009年08月17日
2009年08月22日
2009年08月27日
2009年08月08日
『つばさ』ファンミーティング。

ハズレにもかかわらず川越入りを果たしました!(・∀・)

rakuyou さん夫妻、さっぽ君さん、タマカンさん、シスさん夫妻、甘茶さん、そしてお初の竹男さん、どうもでした。(- ∀ -)

ほんとはなんも知らない人がみても読むのに支障ないHPを目指してたんですが、内輪にしかわからないハナシと自分にしかわからないネタでしか記事を書いていない昨今です!!(>▽<;)

でも、もういい。今日はもう歩きつかれたしめんどくいさい。

あと、眠い。(ノД`)

そのような次第で、写真を並べてやっつけ更新。

目指すところは、内輪の人だけが見て、ああ、あったあった!(・A・)

ってうなずいてもらえればOKの志し。

んなわけで、ただただ写真を並べます。(・∀・)

時の鐘にて集合。

まさかrakuyouさん夫妻が来てはるとはただただ驚き。

ほんとに声をだして驚きました。

マンガみたいなリアクションの俺。(・∀・)

蔵造り通り。やっぱいいもんですね。

クルマが多いのが惜しいところ。

歩行者天国にして屋台を置いてみたらどうだろか。

道路族はこういうとこがんばってみてよね。(`∀´)

アネ様、アネタマごちそうさんです。(*`∀´*)

芋を練るのは納豆を練るのより困難。

僕は”腹の練れた男”になりたい。

菓子屋横町。多部ちゃんせんべいを禁止されて、なんだかやっぱり寂しい。

下は多部ちゃんに、「この店の全部あげちゃう」ってったおっちゃんの店。

あたり前田のクラッカー。実ははじめて買いました。

いま、食べながらキーをたたいています。( ´ _ゝ`)

自民党の中野きよしさん。

ウィキペディアオフィシャルHP

多部ちゃんが紹介してた鰻屋さんの鯉。
ハーフっぽい男の子が寄ってます。かわいい。
お姉ちゃん?もいっしょに。かわいい。

バブル期の経済戦争の勝利で白人コンプレックスは克服したハズなのに…

と、ホゾをかんでももう遅い!!(`Д´)

誰か知らない女の人が写っちゃったけど、後ろ姿なんで問題ないよね。(- A -)

ラストは仔猫ちゃんでおしまい。

(*・∀・*)「人生って、楽しいことより、辛いことのほうが圧倒的に多い気がします」(タベシャ174)

多部ちゃん辛いのか??

こんだけ『つばさ』の評判が悪いとやっぱ辛いよね。

で、お次ぎがまた…

『不毛地帯』

いや、山崎豊子の原作はベスト・ロングセラーだそうですが、

仲代達也主演、山本薩夫監督の映画版は超つまらなかった記憶が……

同じ山崎豊子原作、山本薩夫監督の映画版『白い巨塔』はクールガイ田宮二郎もハマり役で池野成の音楽もストラヴィンスキーっぽくなくってけっこういいんですが、『不毛地帯』はつまらなかった。(あ、池野成の音楽は『座頭市喧嘩太鼓』がストラヴンスキーの『春の祭典』ぽくって、『にっぽん泥棒物語』ではまた同じくストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』っぽかったんで、この人ストラヴィンスキーしかないのか!!とか思いながらほくそ笑みつつみてました。森繁久彌の駅前シリーズ第一作、『駅前旅館』のオープニングはシベリウスの『カレリア』まんまですね。作曲は團伊玖磨。戦前の三井財閥総帥團琢磨の孫。『無法松の一生』のオープニングは大仰なとこがけっこう好き。)

多部ちゃんの出演作…『鹿男あをによし』を最後にハズレが続いてるような気がしてならない。

こんなこと言ったらハァハァ属性のみんなに叱られちゃうかなってガタブルしてますが……((;゜Д゜))

『フィッシュストーリー』のおでこはヨカッタじゃんって指摘もありそうですが、『ルート225』の中村監督にはもっともっと期待してたんで…

『不毛地帯』

がつまらなくなりませんようにって今から大いに祈ります。 (-人-)

そういや多部ちゃんはちかごろ辛いのか?ってことなんですが。

僕の見立てではこう。

多部ちゃんはアンチ瀬島龍三なのに

『不毛地帯』

は瀬島龍三をモデルに美化しすぎてるとこが、

フィクションとはいえ腹にすえかねる。

こういうところだと思うんですよ。(゚∀゚)

でもフィクションなんだからそこは割り切ったほうがいいと思うよってこの場を借りて多部ちゃんにいらぬ忠告をしときます。(゚A゚)

そうだ。YouTubeに『平成日本の夜ふけ』からいくつかアップされてたんで、リンクしときます。

これみてるとそんな黒幕って感じはしないんですが、そういうもんなんでしょうね。”自民党のドン”だった金丸信だって、ただのおじいちゃんにしかみえなかったし。(・∀・)瀬島龍三、戦中に大本営参謀だった人が商社マンとして韓国やインドネシアとの、旨みのある賠償ビジネスにたずさわったってのが、今となってはイチバン突かれるところなのかもしれませんね。

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第3回 1/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第3回 2/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第3回 3/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第4回 1/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第4回 2/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第4回 3/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第5回 1/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第5回 2/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第5回 3/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第6回 1/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第6回 2/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第6回 3/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第7回 1/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第7回 2/3

新・平成日本のよふけSP 瀬島龍三 第7回 3/3

これだけみてると瀬島さんの語ってるハナシはできすぎていいハナシなんですが、瀬島サイドから批判されてる評論家の本、ダークサイドも書いてあるこっちのが絶対おもしろい。

瀬島サイドの綺麗ごとばっかり読んでるのはもったいないですよ。

というわけで『不毛地帯』が放送される前に読んどきましょ。(・∀・)

ところで、保坂正康の『後藤田正晴 異色官僚政治家の軌跡』が文春文庫から中公文庫に移ったので、ちょっとしたら『瀬島龍三 参謀の昭和史』も『不毛地帯』に合わせて中公文庫から再販されるかもしれませんね。

保坂正康『瀬島龍三 参謀の昭和史』。この本が瀬島批判の嚆矢のようですが、プロローグにこんなことが書いてあります。

瀬島が(中曽根行革の)第二臨調の委員に就任したのは、昭和五十六(1981)年一月のことだった。

このとき伊藤忠商事の会長職にあった瀬島は、財界人として必ずしも国民になじみのある名前ではなかった。臨調の所轄官庁である総理府の官僚の間にさえ、「瀬島龍三とはどういう人物か」という驚きの声が走ったという。霞ヶ関の官僚たちは、瀬島に関する記事を集め、この人物はどのような考えをもっているのか、どういう政治的立場をとっているのかさぐったという話も伝えられている。

第二臨調の初会合が開かれたのは、昭和五十六(1981)年三月十六日だった。この日の夜、瀬島は、臨調の裏方をつとめる官僚たちを神楽坂の料亭に呼んで接待している。その席で瀬島は、自分がいかに第二臨調の仕事に打ちこむつもりでいるかを述べ、最大限の協力をしてほしいと頼んだ。そして、自らの七十年の人生についても語っている。

――私は、人生の最初の十年間は大本営参謀として国家に仕えてきた。次の十年はシベリアに抑留されて辛苦を味わった。日本に戻ってからの二十年間は、商社マンとして働き、日本経済の復興に尽くした。そしてこれからは行政改革を推進して、国家のために尽くしたい。

という内容であった。

その話のなかには、シベリア収容所時代の苦労譚もあった。しんみりとした口調で、肺炎を患ったとき薬がなく、ソ連の看守が殺してくれた小豚の生き血を飲んで助かったとか、抑留中にいちどだけ砂糖を一斤だけもらったが、包んでいた新聞紙が破れてこぼれてしまい。「泥の上の砂糖をじっとみつめていた」などというエピソードも披露したりした。

臨調のなかで実権をふるう段になると、瀬島はいっそうマスコミから注目されるようになった。しかし瀬島は官僚たちに話した以上にには自らを語らなかった。そのために、戦前の大本営参謀、シベリア収容所での辛苦、高度成長期の企業参謀、そして今は中曽根前首相の懐刀といった経歴と、マスコミ嫌い、めったに自分を語らない男、私より公に生きる武人、という半ば伝説化したイメージのみが強調され、ひとり歩きしてきた。

戦前の大本営参謀、シベリア収容所での辛苦、高度成長期の企業参謀、そして今は中曽根前首相の懐刀

ここだけ引用するつもりだったのにえらく膨らんじゃいました。でもま、こんな感じなんでね。大本営参謀からシベリア収容所っていうのはつかみとして最高なので、官僚の人心掌握にフルに使ってますね。

あと、山崎豊子の『不毛地帯』は昭和48(1973)年から昭和53(1978)年までの連載だったのに、昭和56(1981)年の時点で、

瀬島は、財界人として必ずしも国民になじみのある名前ではなかった。

ってのはどういうんだろ?って思いましたが……

共同通信社社会部編『沈黙のファイル 瀬島龍三とは何だったのか』から、

一九八〇年九月に誕生した全斗煥政権は「旧体制の一掃」を掲げ、朴正煕政権の有力者を次々と排除した。その結果、岸信介、福田赳夫ら親韓派が韓国とのつながりを弱め、瀬島龍三だけが新たなパイプづくりに成功した。

足掛かりになったのは韓国最大の財閥「三星グループ」会長李秉喆(イビョンチョル)だ。当時伊藤忠商事はメキシコ支店長から三星物産顧問い転身していた小林勇一が言う。

「七八年ごろ、僕がセーさん(瀬島)を李会長に会わせた。セーさんに会って李会長は『日本の商社トップで商売の話をしない人に初めて会った』と意外な印象を持ったようだ。しばらくして韓国で山崎豊子の小説『不毛地帯』の翻訳本が発売されると、李会長はそれを社員に読ませ、優秀な感想文には賞金を出すほどセーさんにほれ込んでいた。韓国では『不毛地帯』の主人公はセーさんと信じられていたからね」

小説『不毛地帯』が日韓(賠償?)ビジネスの役に立ってたんですね。

昭和五十六(1981)年の時点で十分有名人だったんじゃなかったのか。

韓国がらみもひとつ引用。

陸軍士官学校で全斗煥らの三期先輩に当たる元浦項製鉄会長の朴泰俊が証言する。

「瀬島氏は(旧日本陸軍士官学校で後輩に当たる)朴大統領と直接親交を深めていたので、朴大統領の崇拝者で韓国陸士出身の全斗煥や盧泰愚からも(軍人の先輩として)尊敬された」

瀬島はこの軍人脈をもとに「政治、経済両面で日本側の裏の窓口の役割」(朴泰俊)を担っていく。

へー。軍人は先輩後輩がずっと尾を引くんですね。早稲田雄弁会みたいなもん?

よっぱらい会見で当落が危ぶまれる中川昭一のお父さんが、総裁選にでて中曽根と勝負しようとした頃のこと。

「蔵相でも通産相でも好きなポストを用意する。中曽根は必ず約束を守るから、総裁候補を降りてもらえないか」

瀬島龍三が身を乗り出し、派閥の領袖中川一郎に迫った。

「いや、この選挙はやらなくちゃいけないんだ。おれには神様がついている」

「北海道のヒグマ」といわれた中川が何かに取りつかれたように答えた。

「お互いエネルギーの無駄遣いじゃないか」と瀬島。

中川が降りれば一般党員による予備選がなくなり、田中派の支援を受けた中曽根康弘の当選がより確実となる。

「それでも筋を通したい。やらなければいけないんだ」

中川は譲らなかった。結局十一月の予備選は中曽根、中川、河本敏夫ら四人で争われ、中曽根が圧勝した。敗れた中川はそれから約二ヵ月後、札幌市内のホテルで首をつって自殺した。

「僕は瀬島さんの話に乗ってたんです。だってポストはくれるし、小派閥の中川先生が総裁になれるはずない。『瀬島さんの言うようにしたら』と口を出したら先生に怒られたよ」と中川の秘書だった衆議院議員鈴木宗男(四三)。

『沈黙のファイル』出版時はムネオさんもまだ無名だったんですね。

中川昭一、父の自殺もあり家族、後援者は結構心配してるかもしれません。

豪放にみえて意外に繊細そうだし。

瀬島龍三は中曽根政権ができるまえから使者を務めてたんですね。

でも、中曽根内閣外相、園田直の秘書官、渡部の言。

「中曽根内閣はのころ瀬島さんが『僕は中曽根ごとき者のブレーンではない。中曽根のためでなく、国家百年のためにやっている』と話したから『それは一般人から見れば違うんじゃないですか。だって中曽根さんの使者で韓国に行ったでしょう。ああいうのをみれば人は中曽根さんのお使いだと思うんです』と言ったら『それとこれとは違う』と怒っていた。意識の上では完全に中曽根さんより上の立場でいるんだなと思ったよ」

なかなか……

保坂正康『瀬島龍三 参謀の昭和史』から、大本営参謀の瀬島評。

この”電報にぎりつぶし”について、私と取材スタッフは大本営参謀だった経験をもつ人たちに瀬島はそうしたことをするタイプなのかどうかを聞いて回った。瀬島は海軍の戦果がが虚報ではないかと疑問を述べる勇気を持っていなかったとか、典型的な出世主義者があえて真実の叫びをあげてマイナス点を背負うわけはない、という声もあった。もっともはなはだしいのは、瀬島を「卑怯者」と決めつけたある参謀の次の言である。

「瀬島という男を一言でいえば、”小才子、大局の明を欠く”ということばにつきる。要するに世渡りのうまい軍人で、国家の一大事と自分の点数を引きかえにする軍人です。その結果が国家を誤らせたばかりでなく、何千何十万兵隊の血を流させた。私は、瀬島こそ点数主義の日本陸軍の誤りを象徴していると思っている」

この参謀は、往時を思いだしているうちに露骨に不快な表情になった。当時の大本営の参謀といえば、七十代後半から八十代である。いまや社会的な利害関係は薄れている。だから正直に語る者が多いが、その心中では往時がナマのまま渦巻いているのがわかった。

すんごい酷評。

『沈黙のファイル』のが読みやすいと思いますよ。

ところで、

多部ちゃんはアンチ瀬島だから、(←もう決めつけてます)

『不毛地帯』

キビしいと思うけどがんばってね!(・∀・)

で、ついでにひとつお願い。

『美丘』は断って頂戴。

あ、そうだ。『沈黙のファイル』の234ページに共産党の志位和夫の伯父さんのことが載ってますよ。戦前日本軍最年少の参謀だったそうで。

関東軍情報参謀。

戦後捕虜としてシベリアで思想教育されて帰国後ソ連のスパイ活動してたんだけど、スターリンの死後、「自殺しろ」の命令がきて、思案の末に公安に自首したとのこと。同じ年に志位和夫が誕生している。

伯父さんがこんなめにあっているのに志位和夫さんはどうして共産主義者なのだろうか??

ちょっと著書を読んでみようかな。(・A・)

最後、8月2日。瀬島龍三氏の葬儀が行われたという築地本願寺にいってきたんで写真のせときます。

築地本願寺

イスラム建築かと思いきや。浄土宗のお寺。びっくり。

敷地内がべったりアスファルト舗装なのがすごく寂しい。

民主党の選挙カーも停まってました。
中は綺麗にしてます。ステンドグラスがあるのがミソ。
象のハリボテはお祭り用??
中はひろびろとしてます。
入り口にパイプオルガン付き。演奏会も定期的にしてるそうです。
横からみると、ベニヤ貼りっぽくてなんか残念。
で、おもて。

本願寺ライブ 他力本願でいこう!

川本真琴って懐かしいな。

1/2とかとか。

境内イベントってのも気になるよね。 (- A -)

コメントこちらへお願いします。(・∀・)

瀬島龍三で追記。

仲代達矢が乃木希典で丹波哲郎が児玉源太郎、三船敏郎が明治天皇、森繁久彌が伊藤博文の『二百三高地』って、日露戦争の旅順攻防戦を描いた映画があるんですが、そこに、

監修として瀬島龍三の名前があるんですね。

脚本は『仁義なき戦い』で知られる笠原和夫

そのインタビュー本。『昭和の劇』から。

荒井晴彦●『二百三高地』には、監修者で三名、名前がありますよね。瀬島龍三さんと原四郎さんと千早正隆さん。千早さんは元連合艦隊参謀で、原さんは元防衛戦史編纂者で。

笠原和夫◆瀬島さんは、岡田さん(東映社長)が頼んだんですけどね。要するに、どこからかクレームがついた場合を考えて、ということでね。

荒井●要するに「楯」ですか。

笠原◆そう。それで岡田さんが瀬島さんに頼んだら、俺よりももっと頭が凄いやつがいると。それで紹介してもらったのが原さんなんだよ。この人は、本当、凄かった。で、千早さんは東映が別口で頼んだんじゃないかな。
 そうしたら、瀬島さんからクレームが入りましてね。というのも、僕はあおい輝彦が、捕虜になってるロシア将校を撃つというシーンを書いたんですよ。つまり、それまで、あおい輝彦はロシア語を勉強していた親露的な青年だったんだけども、たくさんの部下が殺されていくのを見ていく間に逆転しちゃって、ロシアの将校に向かって撃つというね。

荒井●殺そうとして、寸前で周りにとり押さえられます。

笠原◆そう。それで、乃木さんに怒られたあおい輝彦は「最前線の兵には体面も規約もありません」と。「その部下たちの苦悩を乃木式の軍人精神で救えますか」というふうになるわけだね。けれども、僕は最初、「射殺した」と書いたんだよ。そうしたら、瀬島さんがどういう訳か、そのシーンは困ると言ってきたんだよ。確かに射殺しちゃったら国際法違反になるんだけど、国際法も何も、戦争というものはこういうものなんだからかまわないと思って書いたら、どうしてもそれはやめてくれと。

荒井●どうしてロシア兵のところにクレームをつけたんでしょうかね。

笠原◆いや、僕も最初はどうしてかなと思ったんだよ。戦後、あの人はシベリアにひっぱっていかれて、さんざん苦労したのにね。だったらロシア兵なんて射殺しちゃえということで賛成するかと思ったら、そうじゃない。

絓秀実◎やっぱり、最近、保坂正康あたりが言ってる瀬島スパイ説、ソ連密約説というのが、今になって考えると信憑性がありますよね。

笠原◆ありますよね。まぁ、それはやむをえなかったんでしょうけどもね。そこまで追求しちゃ、可哀相だと思うけど。

ロシア兵射殺にクレームつけたのは、日本は日露戦争では列強の国際世論を非常に気にしてたから捕虜の待遇には万全を期したってのが通説だからじゃないかなぁって思います。列強からの借款で戦費をまかなってたんで白人の人種意識に火をつけないよう国際法遵守を徹底してた。日露後はこれが緩んでしまい大きなマイナスになった。ということらしいです。

だからロシア兵射殺シーンにクレームつけたから瀬島ソ連スパイ説に短絡するのはいかがなものかって思いますね。

そこまで追求しちゃ、可哀相だと思うけど。

これはちょっと僕もそう思います。(・∀・)

あおい輝彦のシーンより、

8月14日『つばさ』クランクアップいってきました。(・∀・)

詳細は甘茶さんとこにしっかと書いてあるんで僕は特に書くことないですw

で、また初顔合わせのハァハァ属性の皆さん。

shimaさんkuraさんヤンさん、どうもでした。

暮らし向きの良さそうな(失礼?!)紳士、shimaさんはハァハァ属性ってゆわれてもにわかに信じがたい雰囲気なんですが直立不動で多部ちゃんに見入ってましたし、kuraさんは多部ちゃんがフィフティーズに意外なほど強いってことを改めて認識させてくれましたし(『蹴られたい』のコメント欄は僕のがイケてるってお褒めいただきアリガトゴザマス)、ヤンさんは手さげは『フィッシュストーリー』、腰の巾着は川越仕様。そうとうデキる属性持ちだなぁって思ってたら、履いてるクツも『ハロハロ』のんってこと。ゆわれないと絶対わかりませんw
ことによると多部ちゃんもわからないかもww(・O・)

はるばる香川からクルマできたヤンさんについては、東京へのルサンチマンについてもっとハナシを引きだそうと、あれこれふってはみたんですが、逆に警戒されて尻すぼみになってしまった感があって残念でした。 ≧ω≦

僕も関西出身なので東京へのアウェー感に関しては人後に落ちない自信がありましたよ。例えば、

「ダヨネ。」ってなんやそれ?標準語マジキメーから今後ボクに話しかけないで頂戴。( ´ _ゝ`)

って感じですよね(ちがいます??)。(・∀・)

でも今は更生して東京に魂を売り渡したから、

東京で関西人が関西弁で話してるのを聞くと、

関西弁ウザいから消えてよね。( ´ _ゝ`)

って思うことが多くなりました。(>▽<;)

(魂、売り渡しすぎ?)

あ、でもヤンさんにはウザいとか思わなかったですよ。(・∀・)

(とってつけたようだけどホントか?? いやホントです)

東京で関西人が関西弁で話してるのを聞くと、ときどきこう思うのですよ。

お前ら普段そこまで関西風イントネーションつこてしゃべるか? いつもはもちょっとおとなしめでしょ?? 東京きたからてハリキリすぎやから。なにをアピールしたいのさ? キミたちが関西出かどうかなんて誰も気にしてないんだからネ♪( ´ _ゝ`)

って。(関西人みんなに怒られるかなぁ……許してください…)

これは、過去の自分に対する嫌悪感が屈折したカタチで現れてるんでしょうかな??(・∀・)

まぁ、なんにせよ、僕がしあわせになれるのはまだまだ先のことのようですね。(`∀´)

では、また機会があればお会いしましょうね。(・∀・)

多部ちゃんクランクアップ翌日、等身大ガンダム見に行ってきました。

わかります? ガンダムがちょこんと見えてきました。

会場への入場待ち?

かと思いきや、会場限定ブラモの行列。

けっこうな盛況で。
う~ん。逆光がまぶしい。
みなさん、撮ってますね~。
近くば寄ると、また迫力。 脚のディティールがカトキガンダムぽい。
後ろ姿はこう。
陽もかたむいて。 八時からライトパフォーマンスがあるとのこと。
ちかちか光ったり、首が動いたり、スモークがでたりのパフォーマンス。

なんか環境保護についてゆってました。(・∀・)

終わってスモークのドライアイス??で股間からおしっこが滴ってたのには、

会場みんなため息をついてましたwww(`∀´)

(・A・)人(・A・)人(・A・)「あ~あ……」

って。(`A´)

ま、そんな感じで、す。(・∀・)

以前読んだ本に瀬島龍三のことが載ってたので引用します。(・∀・)

(語りの田中清玄についてはこちら

もう一つ彼(中曽根康弘)に言っているのは、付き合う人間を考えろということです。彼の周りにはいろんな人間がいましたからねぇ。

例えば瀬島龍三がそうだ。第二臨調の時に彼は瀬島を使い、瀬島は土光さんにも近づいて大きな顔をしていた。伊藤忠の越後(正一元会長)などは瀬島を神様のように持ち上げたりしていたが、とんでもないことだ。かつて先帝陛下は瀬島龍三について、こうおっしゃったことがあったそうです。これは入江さんから僕が直接聞いた話です。

「先の大戦において私の命令だというので、戦線の第一線に立って戦った将兵達を咎めるわけにいかない。しかし、許しがたいのは、この戦争を計画し、開戦を促し、全部に渡ってそれを行い、なおかつ敗戦の後も引き続き日本の国家権力の有力な立場にあって、指導的役割を果たし、戦争責任の回避を行っている者である。瀬島のような者がそれだ」

陛下は瀬島の名前をお挙げになって、そう言い切っておられたそうだ。中曽根君には、なんでそんな瀬島のような男を重用するんだって、注意したことがある。私のみるところ瀬島とゾルゲ事件の尾崎秀実は感じが同じだね。

天皇の戦争責任をいう人には、???って感じでしょうか。

僕は岸信介は好きなのに、なんで瀬島龍三はダメなのか謎ですね。

自分のことながら。(・A・)

妖怪として好いてもよさそうなものなのに……

コメントこちらへお願いします。( ´ _ゝ`)

瀬島龍三への肯定的な評言も引いときます。
ファミリーマート株式取得のとき、問題になっていたのはお客様との関係だけではありませんでした。当時、伊藤忠は、不動産などバブル崩壊後の不良債権約二千億円の処理を進める過程にあったんです。そこに伊藤忠始まって以来の巨額投資が重なることになります。一歩間違えたらえらいことになる。

しかし、守りだけで攻めないというのは、守ったことにならないんです。守りだけやっていたら会社は潰れてしまう。攻めは攻め、守りは守りでやっていくのはビジネスの鉄則です。だから、私は室伏社長を「利益の根源に迫るべし」と説得したわけです。

ところが、この話を聞いて総合判断として納得しがたいとの大きな声が、影響力のある一部のシニアの方から出ました。「何をやっているんだ。こんなメチャメチャな経営をしていていいのか」とお叱りを受けたんです。まさに、経営の決断の時でした。

まず言われたのは、重要なお客様に対して顔向けできるのかということでした。しかし、前述したように顔向けできるかできないかの問題ではありません。これからの伊藤忠が、収益の源をどこに求めるかが問題なんです。自分の力で稼ぐべきなんです。

守りだけに集中していたら、一体どこで稼ぐのか。「私は今、それを乾坤一擲やろうとしているんです」。こう言って、一応の理解はしてもらいました。

やはり守りは守り、攻めは攻めということです。会社の経営は自動車の運転とは違うのです。アクセルとブレーキを同時に考えていくのが企業のあり方だと私は思います。

考えてみると、こうした経営の決断と実行の場面で影響を受けた方は幾人かすぐにも思い出せますが、瀬島龍三理事(伊藤忠商事元会長)抜きには語れません。瀬島さんは大変頭脳明晰な人です。仕事の面での関係しかありませんが、物事を分析する能力は日本一といって良い程優れていると思います。

ちなみに、日本の産業界が拡大していく過程で総合商社が生まれ、その流れの中で、伊藤忠に近代企業としての組織体系が導入されました。伊藤忠というのはどちらかというと知性よりも体力勝負の会社でしたから、そこに知性を持ち込んだというのが、瀬島さんの大きな功績だったと思います。

当時、列島改造論のさなかで、会社が急成長していきました。毎年のように社員が倍増、給料もうなぎ上りですから、それを取り仕切る官房長官が必要だったわけです。その中で業務部を創設し、初代部長として采配を振るったのが瀬島さんでした。

瀬島さんは会社が急激に拡大する中で、それに応じた組織と憲法を作っていきました。憲法というのは、承認と決定はどう違うとか、権限とは何を指すのかといった言葉の使い方も含めた共通のルールです。瀬島さんの下で、近代組織に必要な管理体制着々と整備されていきました。

私が瀬島さんに始めて会ったのは、入社六年目、アメリカに行く前に挨拶に伺ったときでした。

「問題が起きたら、とにかくすぐに飛行機で飛びなさい。お金がかかるとかは問題ではない。人間というのはすぐ飛んで”フェイス・トゥ・フェイス”で解決しなきゃいけない」と言われました。当時は三国貿易、つまり決済は日本でも、実際には日本を経由しない貿易も行っていたんです。それで、私は早速ヨーロッパ経由でアメリカに行くことに決めました。

海外旅行や海外各国間の往き来に大変なお金がかかり、人の移動が少なかった当時、この言葉は非常に印象に残っています。

これとはまったく関係ないですが、僕はキリスト教徒でもないのにヒルティの『眠られぬ夜のために』を毎日、日付の分を読んでるんですが、本日8月22日から。

特定の事柄について十分に熟考し、かつ賛否の理由をのこらず検討することによって――なお一層よいのは、自分の生活経験を通じて、―― 一旦はっきりした見解に達したならば、その問題はそれで片づけてしまい、それ以上の検討を一切やめなければならない。疑いはどんなことに対しても起こりうるもので、とっくに片づいてしまった事柄についてさえそれは起る。人間の心の最も不幸な状態は、いわゆる懐疑主義であって、これは結局、一切のものを疑うようになるのである。

人の心は、最後にいつか「堅固」にならなければならない。これはただ神の「恩寵によって」のみなされると使徒が言っているのは、たしかに正しい。しかし恩寵が与えられたならば、それを受けとり、そしてひとたび受けとったならば、固くそれを守らねばならない。そうでなければ、その人は愚かな人間であって、いつまでも不安定なのは当然である。

これ読んでるとき、多部ちゃんが浮かんだので、引いときました。

むかしは、”若くして「堅固」なのは、どうしょうもなく面の皮が厚いってだけか、もしくは人間的な成長があんまり早くに伸びきってしまって、これ以上発展の可能性のない「出来あがっちゃった人」か、どちらかサ。どちらにしてもあんまり浮かばれないね”って穿った見方をしていましたが、

今はそうではないです。(・∀・)

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いや、音楽を載せるときは、できれば趣味の良さをさりげにアッピールしたいものですよね。でもあれです。ぼかぁ基本が、武田の騎馬武者がドドドドって突撃してるようなのが好きな少年だったんで、音楽もそういう、お馬がいっぱい走ってるようなのを聴くと、やっぱり熱いものがこみあげてしまうのですよ。

クラシック音楽ってのも結局は、欧米列強は強いぞってのが基本だと思うし。

で、ちかごろみっけた曲。

グラズノフの『ステンカ・ラージン』っての。(>▽<;)

ステンカ・ラージンって中学校の世界史の授業でもありましたよね。

あんまおぼえてないけど、ロシアのコサックの盗賊の頭領。

世界史の資料集にも絵が載ってた記憶が……

こんなの。

おぼえてませんか??(・∀・)

まぁ、それはそれとして、この曲、コサックの馬賊が駆け巡ってる感満開で。

はじめの印象では、ラッパの勇壮さがかなり恥ずかしかったんですが、よく聴いてるとたいへんに繊細な曲なんですよ。

基本は騎兵が疾走してるのがイケてるんですが……

グラズノフは作曲時、多部ちゃんと同じハタチくらい。リムスキー=コルサコフに目をかけられてロシア国民楽派の跡継ぎと目されてたプリンスだったそうで。

二代目には創業者のようなバイタリティがないってのは音楽でも言えるようで、やっぱどうしても優等生的なのか、ムソルグスキーやバラキレフ、リムスキー=コルサコフに比べると荒ぶる迫力が足りないんですが、それでもやっぱり、

ロシアの大地!

父なるツァーリ!(←これは意味がない)

って力強さがあってグーです。

男、男、男!

で全編とおしてるワケけでなくって、

ああ、ヴォルガの流れよ

って繊細な調べもふつうに良いし。(あ、これも だな。)

ただ、ラストのおりゃーって突撃はちょっと恥ずかしくなっちゃう。 (*`A´*)

嫌いではないんですがねぇ……

自分、盛り上がりきってるとこはだいたい引いちゃうんで、だんだんテンションが上がってるとことか、山を越えたあとに勢いの慣性力でスーっと進んでるとことかが好きなことが多いようです。(*`∀´*)

左は、ハタチかどうかは??ですが、若い頃のグラズノフ。若き俊英がのちはよく太ったアル中に。

(ぽってりおなかの片鱗が少しばかり垣間見えているか……)

太ってヒゲをつけても(ヒトラー風ちょびヒゲ)、なんか巨匠の風格にならなかったのは何故??

なにかが足りないのよね。(`A´)

Glazunov - Stepan Razin Op. 13 {Part 1/2}
Glazunov - Stepan Razin Op. 13 {Part 1/2}

もし聴いてくだすって、イケてるかもっておもったらば、コメントなどいただければうれしかです。(- ∀ -)

コメントこちらにどぞ(・∀・)

休憩。さだまさしの主題歌が字幕つきで熱傷される(コーラス付き)のは圧巻。

はじめてみたときはドン引きしました。(>▽<;)

必見のYouTubeはこちらへ。5分30秒より。(・∀・)

ところで、僕はクラシックの指揮者のゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが近頃大好きになってるんですが、2ちゃんねるみてたら、日露戦争でバルチック艦隊の司令長官を務めたジノヴィー・ロジェストヴェンスキーの遠戚にあたるって書いてあったんですがそうなんでしょうか??

ご存知の方がいたらおしえてください。(・∀・)

コメントこちらへお願いします。(・∀・)
顔のつくりでいうと血縁はうかがえないですよねww(・∀・)

でも指揮ぶりが超カッコいい。

ケレンたっぷりなのに動きにムダがない。きっと消費カロリーが少ないスタイル。(・∀・)
(↑ だから太るのか?)

曲名はわからないですがリンク、

シュニトケ①

シュニトケ②

シュニトケ③

シュニトケ④

シュニトケ⑤

前衛のこむずかし系で??

あと、ジノヴィー・ロジェストヴェンスキーなんですが、ウィキペディアを読むとかなり立派な軍人だったようですよ。

さんざ苦労したあと、結局は丹波哲郎の児玉源太郎がカンタンにおいしいとこ持っていっちゃうんですが。
コメントこちらへお願いします。(・∀・)
誰か知らない女の人が写っちゃったけど、後ろ姿なんで問題ないよね。(- A -)

ラストは仔猫ちゃんでおしまい。

2008年06月分

2008年09月分

2008年12月分

2009年03月分

2009年06月分

『エンタベ!』
『えくぼと鹿と魚の子』
『Tabestic Mika Mania』
『かめさんのなんやか…(以下略)』
『タマカンの扇子』
2008年07月分

2008年10月分

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2009年05月分


多部ちゃんハタチおめでとうムービー
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